1700年、ハプスブルク王朝の崩壊、ブルボン王朝のフェリペ5世に変わると、王は全く闘牛に興味を示さず、当然貴族たちも自然に闘牛から離れていき、宮廷文化のフランス風への転換に共存、一時衰退の道をたどるかにみえた闘牛は、この時期、近代へ胎動する為の沈黙の時間であったわけです。
18世紀前半は闘牛の大きな転換期であり、混迷期でありましたが、中頃までには馬を使わない闘牛士が主役にかわっていたようです。
カルロス4世の治世、1798年9月23日にフェルナンド王子、忠誠式にマドリード・マジョール広場で闘牛が2回行われ、その中心となったのは、オスナ公等でありましたが、助手の名にペドロ・ロメロ、コスティジャレス、ペペ・イーリョといった当代一の徒歩闘牛士がついていたということは、完全に徒歩闘牛が地位を確立していた証拠になるようです。
闘牛が都市の民衆の見世物として発展してくるにつれ、18世紀には闘牛場が次々に作られ始めました。
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